5月2日に58歳で永眠された、忌野清志郎さん。
反戦ロッカーとして、自分を貫き通した清志郎は、世界平和、環境運動にも早い時期から参加されており、ap bank のコンサートにも積極的に参加されていました。
社会志向のディグニティとしては、同じ志を持ち、活動をしてきた一人のロッカーの、最期のお別れに参列して御礼の言葉を伝えて参りました。
5月9日(土)午後1時から青山葬儀所で営まれた一般告別式「青山ロックンロールショー」。
清志郎の告別式、式場に入った瞬間から強く感じるものがあった。何だろうか?
献花のあと、座り込んで涙を流す人。淡々と帰路に着く人。花束を大事に抱えている人。大声で、お別れする人。
つまり、お別れの仕方は、人さまざま。。。別に宗教がなくとも、自分らしくきちんとお別れすれば、それはそれでよい。
青山墓地を通る歩道の、告別式の開式を待つ人たちの列に並んだのは、開式1時間以上前の午前11時40分。
すぐ前に並んでいたのは、喪服を纏った20代後半の聡明な女性。一人で並んでいる。祭壇の前で献花をするまで列に並んでいた3時間の間、何度もその女性と目があった。
何を、彼女は思っているのか。
青山葬儀所近くの交差点。摘んできた数本の花を持つひとりの女性が、横断歩道を渡ってきた。
時間がないのか、彼女は長蛇の列を参列することができないらしい。
「この花を、清志郎さん献花台へ持って行って。」
見知らぬ男性に声をかけ、そう依頼していた。帰り際も、後ろを振り返りながら、何度も何度も「お願いします」と。彼女もきれいな顔していた。
青山葬儀所の受付を済ませ、駐車場広場に入ると、列がロールするため、どんな方が参列しているか、よくわかる。グループ、カップル。それ以上に、目立っていたのは一人だけの女性の数の多さ。年齢も幅広い。
まだ式場には程遠い後ろの列付近で、彼女たちは無言で「Oh! RADIO」を聴きながら目には涙。手にはハンカチ。号泣の女性もいる。涙の彼女たちは、必ず一人での参列だ。「一人女性。涙。無言。」これほど多いとは驚き。それぞれに、清志郎と自分のお別れをしている。
きれいな女性が多い。いや、輝いて見えるのか。
東京を中心に流行っている直葬、家族葬ってなんだろうか。
忌野清志郎の告別式。
みんな、清志郎に対して自分の思いやかかわりがあるのさ。苦しい時、苦しい時代、人に言えない苦しさや悔しさ、誰にだってある。みなさんもきっとあるはず。私も今それを味わっている。
しかし、皆その苦しみを「愛し合ってるかい?」の一言で支えられ、苦境を乗り越えてきた。それを皆が、経験している。だからこそ、彼との関わりを整理する時間、感謝の時間、きちんと決別して自律する時間や瞬間が、必要だった。それが、今日の空間だった。
都会の人も、信じられる。若者も信じられる。人への感謝の思い。失っていないよ。
翻って、清志郎のように強い影響力ない普通の凡人でも、ほんの僅かでも誰かには関わりを持っている。家族、友人。。。お世話したこと、お世話掛けたこと。面倒みたこと。面倒みられたこと。
そんな人と人との関係性を、整理しなくてよいのか?葬儀なんて硬い言葉は儀式はいらないけど、やっぱり、きちんとお別れしようよ!やっぱり、自分なりのお別れはしようよ。
それを、今日の参列者と清志郎に、そして彼らがお別れする姿で学ばせてもらった。
愛し合ってるかい?
ありがとう。



























